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成増・赤塚周辺 / 練馬区光が丘周辺 / 和光市白子周辺 |
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曹洞宗 勝参山 大堂
御本尊 阿弥陀如来
所在地 赤塚6丁目-40-7
交 通 ・東武東上線 下赤塚駅北口下車徒歩約15分
・成増駅北口から赤羽駅行バスで赤塚八丁目下車 |
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歴史
区内で最も古いお寺で、平安朝初期の大同年間(806〜808)の創建と言われています。古墳上に建てられた瓦葺きの阿弥陀堂で、通称大堂と呼ばれています。
堂前の鐘楼にかけられた銅鐘に、南北朝初期の暦応(りゃくおう)3年(1340)鋳造の銘文があり、それによると、建武・延元(1334〜1336)頃には七堂伽藍をそなえた大堂であったといいます。昭和24年に重要美術品に認定されました。江戸時代にも銘鐘に数えられ、鐘見物と本尊の阿弥陀如来を拝観するため、参詣者がひきもきらなかったいいます。(本物は郷土資料館に展示されています)
本尊の如来像は高さ1メートルくらいの組木造りで、鎌倉末期ころの制作であろうと言われています。
永禄4年(1561)に、越後上杉輝虎(謙信)が、小田原の北条氏を攻めた時、この寺の境内が広く伽藍が続いているので、敵徒、凶賊の待ち伏せがあるやもと、焼き払ったと言われています。
(板橋区教育委員会資料より) |
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八幡神社
御祭神 品陀別命(ほんだわけのみこと)
所在地 赤塚6丁目-40-4
交 通 ・東武東上線 下赤塚駅北口下車徒歩約15分
・成増駅北口から赤羽駅行バスで赤塚八丁目下車 |
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歴史
大堂の東側、古墳の中腹に建てられており、裏のケヤキの大木(現在は株のみ)は樹齢800年以上を経過しています。創建は不明ですが、横の大堂は建武年間の頃すでに隆盛だったことは明らかなので、八幡神社も寺院の主護神の形としてこの頃には創建されていたと推測されます。
御神体は騎乗八幡の木造が安置されていたと伝えられています。
獅子舞
獅子舞の奉納が4月10日と7月24日に行われます。(春先と夏の土用)。
(板橋区教育委員会の資料より) |
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